低ナトリウム血症について
低ナトリウム血症
低ナトリウム血症とは?
低ナトリウム血症は、血液中のナトリウム濃度が正常値よりも低くなった状態を指します。ナトリウムは体内で重要な役割を果たす電解質の一つで、体液のバランスや神経伝達、筋肉の収縮などに関与しています。
この状態は、体内の水分量とナトリウム量のバランスが崩れることで発生します。多くの場合、体内の水分量が相対的に増加することで血液が薄まり、ナトリウム濃度が低下します。
低ナトリウム血症は、軽度から重度まで様々な程度があり、その原因も多岐にわたります。そのため、原因によって治療方法が異なりますので、適切な診断と治療が必要になります。
血清ナトリウム濃度の正常値
血清ナトリウム濃度の正常値は、一般的に135〜145 mEq/L(ミリ当量/リットル)とされています。
軽度の低ナトリウム血症:130〜134 mEq/L
中等度の低ナトリウム血症:125〜129 mEq/L
重度の低ナトリウム血症:125 mEq/L未満
ただし、これらの値は目安であり、個人差によって多少の違いがある場合があります。
低ナトリウム血症の症状は?
低ナトリウム血症だと気づくことはできる?
低ナトリウム血症の症状は、その程度や進行速度によって異なります。軽度の場合は無症状のこともありますが、血清ナトリウム濃度が低下するにつれて症状が現れやすくなります。
主な症状:
吐き気、嘔吐
頭痛
倦怠感、疲労感
筋肉の痙攣やこわばり
集中力の低下、混乱
めまい、ふらつき
食欲不振
重度の場合や急激な低下の場合
意識障害
けいれん発作
昏睡
これらの症状は他の疾患でも見られるため、低ナトリウム血症に特異的ではありません。そのため、症状だけで低ナトリウム血症を診断することは困難です。気になる症状がある場合は、医療機関を受診し、血液検査を含む適切な診断を受けることが重要です。
低ナトリウム血症をそのままにしてもよいのか?
低ナトリウム血症を放置することは危険です。適切な治療を受けずにそのままにしておくと、症状が悪化し、重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
脳浮腫:重度の低ナトリウム血症では、脳細胞が水分を吸収して膨張し、脳浮腫を引き起こす可能性があります。これは命に関わる重症な状態です。
意識障害
記憶障害
認知機能の低下など
したがって、低ナトリウム血症が疑われる場合や診断された場合は、速やかに医療機関を受診し、適切な治療を受けることが重要です。治療方針は、原因や重症度によって異なりますが、医療専門家の指導のもとで行われるべきです。
低ナトリウム血症の原因
低ナトリウム血症の原因は多岐にわたります。
水分過剰摂取
極端に大量の水を短時間で飲むことで、体内の水分量が増え、相対的にナトリウム濃度が低下します。精神疾患による多飲症の患者さんなどでみられることがあります。
ナトリウム喪失
- 下痢や嘔吐
消化器症状によって体外へのナトリウム喪失が増加します。特に重度の場合や長期間続く場合にリスクが高まります。
- 利尿薬の過剰使用
利尿薬は尿量を増やすと同時にナトリウムの排泄も促進するため、過剰に使用するとナトリウム喪失につながります。
- 副腎機能低下症
副腎皮質ホルモンの一つであるアルドステロンの分泌が低下し、ナトリウムの再吸収が減少します。
抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)
SIADHでは、抗利尿ホルモン(ADH)が過剰に分泌され、体内に水分が貯留することでナトリウム濃度が低下します。SIADHの原因は様々ですが主な原因は下記になります。
- 肺疾患(肺炎、肺癌など)
これらの疾患でADHの分泌が亢進することがあります。
- 中枢神経系疾患(脳腫瘍、頭部外傷など)
脳の障害によりADHの調節機能が乱れることがあります。
- 薬剤性(抗うつ薬、抗てんかん薬など)
一部の薬剤はADHの分泌を促進したり、その作用を増強したりします。
- ストレス、嘔吐や痛み
- 悪性腫瘍
心不全
心臓のポンプ機能が低下すると、腎臓への血流が減少し、ナトリウムと水分の貯留が起こります。また、代償機構としてADHの分泌が亢進し、水分貯留がさらに促進されます。
肝硬変
肝機能の低下により、血漿浸透圧の低下やADHの代謝障害が起こります。また、腹水の貯留なども関与し、低ナトリウム血症を引き起こします。
腎疾患
- 慢性腎臓病
腎機能の低下により、水分とナトリウムの排泄調節が障害されます。
- ネフローゼ症候群
尿中へのタンパク質喪失に伴い、血漿浸透圧が低下し、水分貯留が起こります。
甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンの不足により、心拍出量や腎血流量が減少し、ADHの分泌が亢進します。また、代謝率の低下も水分貯留に寄与します。
偽性低ナトリウム血症
実際には体内のナトリウム濃度が正常であるにもかかわらず、血液検査で低ナトリウム血症と判定される状態です。これは、血液中の水分以外の成分(主に脂質や血糖)が異常に増加することで、相対的にナトリウム濃度が低く測定されるために起こります。
その他
- 栄養不良
十分なナトリウム摂取ができず、低ナトリウム血症になることがあります。
- 高齢者の食事摂取不足
加齢に伴う食欲低下や嚥下機能の低下により、ナトリウムを含む十分な栄養摂取ができないことがあります。
これらの原因は単独で、あるいは複数が組み合わさって低ナトリウム血症を引き起こすことがあります。適切な治療のためには、根本的な原因を特定することが重要です。
それぞれの原因疾患の治療法について
低ナトリウム血症の治療は、原因疾患や重症度によって異なります。以下に主な原因疾患とその治療法を示します:
水分過剰摂取
水分摂取制限
- 1日の水分摂取量を医師の指示に従って制限します。
- 精神疾患による多飲症の場合は、精神科的治療も並行して行います。
ナトリウム喪失
下痢や嘔吐の場合
- 適切な水分・電解質補給
利尿薬過剰使用
- 薬剤の調整、場合によっては塩分補給
副腎機能低下症
- ステロイド補充療法
抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)
- 水分制限
- 原因疾患の治療(肺疾患、中枢神経系疾患など)
- 薬物療法(バソプレシンV2受容体拮抗薬など)
心不全
- 塩分・水分制限
- 利尿薬の適切な使用
- 心不全の基本治療(ACE阻害薬、β遮断薬など)
- バソプレシンV2受容体拮抗薬の使用
肝硬変
- 塩分・水分制限
- 利尿薬の適切な使用
- アルブミン製剤の投与
腎疾患
- 慢性腎臓病:食事療法、水分制限、薬物療法、末期腎不全の場合は透析療法
- ネフローゼ症候群:ステロイド療法、免疫抑制薬
甲状腺機能低下症
- 甲状腺ホルモン補充療法
その他
栄養不良:適切な栄養管理
高齢者の食事摂取不足:栄養サポート、介護支援
重症の低ナトリウム血症や急性の低ナトリウム血症の場合
- 高張食塩水の点滴投与
- 厳密な血清ナトリウム濃度のモニタリング
注意点:
低ナトリウム血症の治療では、血清ナトリウム濃度の上昇速度に注意が必要です。特に慢性の低ナトリウム血症では、急激な補正により浸透圧性脱髄症候群という重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、専門医の管理下で慎重に治療を行う必要があります。
まとめ
低ナトリウム血症は、様々な原因で発症する可能性のある重要な電解質異常です。症状が軽度であっても、適切な診断と治療が必要です。原因疾患の特定と、それに応じた適切な治療が重要となります。また、気になる症状がある場合や、リスクが高いと思われる場合は、躊躇せずに医療機関を受診しましょう。
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